ナナイロ宝箱

その灯火が、消える前に

最後のラブレター 4/9 Departure

 

 

え〜!1年ぶりだ!ご無沙汰しております、私は元気です(^_^)!1年ぶりであれなんですけど、今回も重岡くんのお話ではありません。ストロベリーナイトの感想とか節約ロックの感想とか諸々も書きたいし話したいし、何より重岡くんの作詞曲を勝手に考察したい!ヲタクなので。ですが今回は最初に言ったように重岡くんのお話ではないので、ご了承ください🙇🏻‍♀️

 

 

 さてさて、重岡くんじゃないなら誰の話やねん!て感じでしょうか?いやtwitterの相互さんとかはお察しかな、最近そんなツイートが多めだったしね。(ごめんなさい!)4月9日に目黒 BAJにて行われた吉野晃一くんの「Departure」に行ってきました。今回はその感想です。特に否定も肯定もしないつもりだけど、でも好きも嫌いも言ってしまう予定ですので悪しからず。

 

 平日だしバイトだし行けないな〜ってチケットの申し込みすらしてなかったのですが、院の時間割を組んだら思いの外終業時間が遅くて、なんやかんやでバイトのシフトが削れたのでじゃあ行こうかな〜ってなって行ってきました。

 なんとなく今回行かなかったら一生行けない気がして。そんなことは無いんだろうけど、なんとなく、本当にただなんとなくぼや〜っと考えていただけだけど、私自身の新生活もスタートしたこの瞬間に会いに行かなかったらもう付いていけないなと、気持ち的な面でそう感じたので当日券に並んで会場に入りました。コー推しでもまだ会えてない人、歌が聴けてない人がたくさんいるんですが?みたいなのはまぁ、はい、ごめんなさいします。1年待ったしそろそろ良いかなって。私自身もういちごに縋るのも拘るのも、それで今の形に不満を覚えるのも嫌だったし、もう解放されたいな〜って。何より彼の歌が聴きたかった。ので、授業終わりに目黒に向かったわけです。

 

 

 当日券なので最後の方に会場入りしたのですが、テーブル席は勿論立ち見の方もたくさんいらっしゃって、ああこんなにもたくさんの人が吉野晃一くんの歌を待ちわびているのだなと、同じような気持ちの人がたくさんいるのだなと感じました。

 

 会場が少し暗くなって、バンドメンバーの方々が先にステージに上がられて、それから少し待って吉野くんが歩いてきて。その瞬間の、これから吉野晃一が登場するんだという空気感が、たくさんの人の瞳が一点に集中する光景が、彼に向けられる喜怒哀楽のどれにも分類できないような複雑でそれでいてどこか温かな表情が、何故だかわからないけれどその日の中で1番印象的で、今でも忘れられない光景です。いや吉野くん来るから!みて!来るから!って自分でも思ったけどその時は無理だったなぁ(笑)髪が青かったという印象しかないです。でもその背景は(というかむしろそちらにピントが合っていたけど)よく覚えていて、なんか良いなぁって漠然と思ったんですよね。ああ吉野くんてやっぱり人をこういう表情にさせる天才だなと。みんな待ってる、女の子も、男の人も、女の人もいたけど、みんなみんな。人類みんな吉野くんに恋してるのかなって思うくらい複雑で優しい顔をさせるのが上手だと。吉野くんのことあんまり見てないのに、見てないからかな?思いました(笑)

 

 

 会場にはこれまでもきっとアコ旅たくさん行かれてらっしゃるんだろうなぁという「吉野晃一慣れ」してるであろう人もいれば、私と同じようにあの日以来初めて吉野晃一くんの歌を聴きにきた・会いにきた人もいて、なんとなく歌へのノリ方でわかりました。ひぇ〜こんな感じでのるんだ!ここC&R的なところなんだ!へ〜!ってなりつつ、まぁわかんないし純粋に歌聴いて楽しもう!と決めた私はここでいつも通り地蔵になるわけですが。

 勝手に行っておいて本当にワガママなんですけど、やっぱりあの頃とは聴き方が変わるわけで、そこのギャップで勝手に傷ついてしまったのは事実かなぁ。ああみんなもう「吉野晃一慣れ」してるんだなぁ。すごいなぁ。私はまだ無理かもなぁ。なんてぼんやりと考えながら歌を聴いてしまったりなんかして。ちゃんと聴けよって怒られそうなので先に謝りますすみませんでした( i _ i )

 とは言っても彼の歌が好きだと改めて感じたのも事実です。歌詞の意味を一々考えてしまって思考停止してしまう時もあったけど、歌う時の手の動きとか、高いキーを出す時の顔とか、変な笑い方とか、へらへらした話し方とか、それも全部まるっと愛しいと思わせてしまうほどに魅力的で甘い歌声とか。なんか変わってるのに、もう違うのに、コーイチくんじゃないのに、でも私が好きだった彼の好きなところが、吉野晃一くんにもあったんです。ちょっともう自分でも何言ってるかわかんないけど。でもやっぱり、私があの日会いに行って、歌を聴かせてもらったのは、吉野晃一くんであり、決してコーイチくんでは無かったと、全然違う彼がそこにはいたなと思います。良いも悪いもなく、ただ別人なんだなぁと。コーイチくんに似ている別の人の歌を聴きに行った気分でした。(はい?)

 

 晃一くんはここ数回のライブで口うるさく言います。「俺の歌を好きになって、俺の音楽を愛して欲しい」と。それってどういう意味なのかな?と疑問に思いました。意味はわかる、と思う。でもそれってどういう基準?純粋に歌だけを好きでいて欲しい?歌だけを、音楽だけを愛して欲しい?それ以外への好きはいらないから邪魔?そこまでは言われていないけど、そう言われているような気持ちになってしんみりしてしまったり。

 

 正直いって、「超特急のコーイチ」として吉野晃一くんに出逢ってしまった以上、純粋に「歌だけを」好きでいるのは難しい。だって歌以外の魅力も知ってしまっているから。それが彼の中で偽りでもなんでも、それが魅力だと思ってしまっているから仕方がない。彼は顔が好きだと言われるのが嫌だと言うけれど、なんだその贅沢は…とこちとら思ってしまう。(ただの嫉妬)顔でファンつくなら嬉しくない?有難くない?ファンは少しでも多い方が良くない?でも質を大事にしたいってこと?だから歌だけを好きでいて欲しい?でもそれをこちらに直接要求するってどうなの?(笑)と。晃一くんって不器用だなとつくづく思う。でも顔を好きでいてくれる人がたくさんいると思えることって単純にすごい。自信あるのすごい。かっこいいから当たり前なんだけどね!!!羨ましい!!!そうやって顔を好きでいてくれる人がいることも羨ましいよ才能だよ!!!そのファンも大事にしてあげなよ!!!

 

 でも。晃一くんが思っている以上に、顔以外で晃一くんに惹かれている人はたくさんいると思う。いや、というかいる。顔だけの魅力でここまで付いてきてくれる人なんてほぼいなくない?と思ってしまう。少なくとも私は無理です。いつか友人と話したけれど、スキルに惚れていないと好きって続かないし、何かあった時にすぐ離れてしまうよねって。それは歌なのかダンスなのかアクロバットなのか話術なのか、はたまた愛され力なのかなんなのかはわかりませんが、でもそうだと思う。顔がよけりゃある程度のことは許せる、なんて話も聞くけれど、それは現実世界の中でしか通じないような気がしていて。逆にこういう世界ではかっこいい人や素敵な人がたくさんいて、その中で自分がこの人だ!と魅力を感じてびびっとくるのは、かっこいいのは勿論あるかもしれないけれどそれ以上に周りとは違う何かがキラリと輝く人であると思うのです。顔がいいって才能だけど、でも彼らが勝負している世界はそれだけでは通用しないんだろうなと。だけじゃないんだけど、顔がいいってすごい…って本当思うんだけど、そんな人がたくさんいる世界では差別化できる能力や魅力がないとそこから頭一つ抜け出すことなんて出来ないんだろうなぁって。だからこそ、スキルに惚れた好きは長続きすると思うのです。

 

 話は少し逸れてしまったけど、先に述べたように私には顔だけで吉野くんを好きでいることは無理です。これは顔ファンじゃないぞというマウントでもなんでもありません。だって顔は好きだし。(結局そう)かっこいいもん。顔が好き。顔も好き。でも、私にはその顔だけで彼を許す、いや許すって言葉選びは違うのかもしれないけれど、ここでは敢えて許すで良いですか?受け入れるみたいな意味でとってもらえればいいかと思うのですが、大好きな晃一くんの顔だけであの日からこれまでのことを全部許したり、7人じゃなくなるまでのことを無かったことにしたりなんて出来ないです。いくら顔が好きでも!!!許せないことだってあるんだよ!!!最近になって晃一くんはみんなのことを裏切ったという自覚が芽生えたみたいですが、私は別に裏切られたとは思わないです。でも見捨てられたとは感じたかな、当時はそうしか思えなかったけど。裏切られたというより、ああ捨てられたのかって。1人の未来の方が輝いてみえたのかなって。濁してばっかりの晃一くんのことはわからないけど、言えない理由があるのかもしれないけれど、でも何もわからないからそう思ってしまったのです。そんな風にさ、離れていってしまったと悲しくなっても、恨めしく思っても、それでもなお好きだと思えたのは、7人を観てきた思い出と、ふと思い出す大好きだった場所にいつも貴方の歌声があったからです。脱退後に始めたtwitterでの言葉足らずなツイートにモヤモヤしても、ライブの運営の仕方に疑問を感じても、過去を匂わせるような言葉を受け流そうと思えたのも、貴方の声が、歌があったからです。顔だけで、なんて自惚れないで欲しい。いやもっと自惚れて欲しい。貴方の声は、歌は、貴方が思う以上に他人を魅了して離さないよ。そんな素敵で不思議なパワーがあるよ。もっと自分の歌に自信を持って欲しいよ。

 

 それから、もっと自分の歌を聴きにきてくれている人を信じてあげて欲しい。顔が好き、その言葉に傷ついたかもしれない。0から始めたい、自分の歌だけを知っている人に会いにきて欲しい、そう思っているのかもしれない。そんなことを、晃一くんの「アーティスト宣言」を聞いて思いました。でも晃一くんが超特急コーイチであった過去は消えないでしょう。だからこそ0からのスタートにはなかなかならなくて、アーティストに成り切れていないような気がして、そのギャップに苦しんでいるのかもしれないね。でも安心して欲しい。もうみんな晃一くんのことをアイドルだとは思ってないし、(ここで超特急はアイドルじゃありません!みたいないつものあれは求めてないです☆)まずもって会いに行った時にもうコーイチくんでは無いのだとわかったので。だから大丈夫だよ。今でも君に会いに行っている人は、貴方の歌を聴きに行っている人です。純粋に晃一くんの歌を聴きに行きたいと思って、休みを取って、お金を払って貴方の歌を聴きに行っています。貴方のいうように顔が好きな人も勿論いるのかもしれないけれど、顔見るためにお金出してくれるのはある意味強いよね。(?)でも大半が、超特急コーイチの歌声に惹かれ、今の今まで貴方についてきてくれているファンなのです。外野ながらにすごいなと思う。振り落とされないでここまで晃一くんを好きでいてくれる人がいるってすごい。みんなすごい。吉野晃一のファンは強い。だからですよ。だからさ、そんなにアーティストアーティスト言わなくてもみんな貴方の音楽が好きだし、きちんと歌を聴きに行っていることを理解して欲しい。過去は無くならないし、私はなくなって欲しくも忘れて欲しくもないけれど、貴方が忘れたいなら忘れれば良いと思う。でもみんなそう簡単には忘れられないし、その時に貴方とできた思い出がある人もたくさんいる訳で、だから純粋に「歌だけを」好きでいてくれる人ばかりじゃないよね。けどそれって悪いことなのかな?晃一くんがコーイチくんとして積み重ねてきた時間の中で、周りの人を幸せにしてきたからこそ今も好きでいてくれるわけで、貴方の魅力であることに変わりはないわけじゃないですか。それでもやっぱり嫌なのかな。ここまで言っても嫌だというなら、0から始めたいと言うのなら路上でも渡米でもなんでもしてくださいって感じなんですが、言っておくけどヲタクはそれでも晃一くんのことを見つけるし、海外にだってついていくと思うよ。だる〜って言いそうだけど、そう言うものだと思います(笑)

 

 ここでも話が逸れてしまいそうだけど、晃一くんは愛に固執しているイメージがあります。これはただのヲタクの戯言でしかないのだけれど。歌を始めたきっかけが「歌っている瞬間はみんなが僕のことをみてくれたから」というように。幼い日の晃一くんは寂しさを埋める手段として歌を選んだわけだけど、今はどうですか?何のために歌ってる?まだ寂しさを埋めるために歌ってるの?それとも好きな人に想いを届けるラブレターとして?(笑)

 

 寂しさを埋めるために始めた歌は、仲間との出会いで楽しいものに変わりましたか?一瞬でもそう感じてくれましたか?「皆さんにとって超特急とはなんですか?愛ですか?生きがいですか?」そう問うてくれたのはコーイチくんでしたね。あの時貴方は僕にとっての超特急は未来だと言ったけれど、きっと愛や生きがいだという言葉が出てきたのは、貴方の中にもそんな想いがあったからだと期待している自分がいます。

 

 愛されたいと叫んでいるような、それでいて他人からの愛を試しているような。アヒャアヒャ笑っていたかと思えば、すっと真顔になり。メンバーに絡みに行ったかと思えば、隅の方ですんとすまし顔をしている時もあり。愛されたいのに、その愛を怖がっているような、不器用で天邪鬼な人。それがわたしのコーイチくんへのイメージです。愛や恋といったものに固執しているのに、それを怖がって嫌がって歪んだ解釈をしている。なかなか真っ直ぐには愛情と向き合ってくれない。他推しだから貴方のことを100%理解できているわけはないけれど、わたしの中のコーイチくんのイメージはこれです。だから、愛だの恋だのを歌った少し天邪鬼でハラハラするような歌が、吉野晃一に出逢った時には温かくて優しくて甘い恋の歌に変わっていたのには驚いたし、少し嬉しくて、少し切なかった。なんとなく、真っ直ぐに向き合えていないイメージだった貴方が、きっと素敵な人と出会い愛や恋を素直に歌えるようになっていた。優しい顔で言葉を紡いでいた。ああこんな顔で歌うようになったのかと新しい貴方の一面を知ることができた気がして少し嬉しかった。と、同時に切なくなったのも事実です。

あの頃は私たちに向けて、自分のことを好きな人たちに向けて歌ってくれていたのに、伝えてくれていたのに、今はきっと自分が好きな人に向けて歌っている。不特定多数の中から自分を見つめてくれている誰かを見つけて言葉を届ける貴方はもういなくて、いるのは特定の誰かのために歌っているであろう貴方でした。それらしき存在を認識してしまったが故にそう思ってしまったのかもしれない。気にしなければ良かったのかもしれない。でも晃一くんも「察して」と言っていたし(笑)そういうことですよねきっと。何故切なくなったのか考えました。リアコだから?はちょっと違うかもしれない。顔も歌も好き、彼はリアコ製造機であることに違いはないです。が、きっとそうじゃない。ネタで失恋だなんだと喚いたけど(笑)、きっと違うんです。大きな理由は、彼の書いた歌詞に共感できないんだと痛感してしまったから。だって目の前にいる彼がきっとそこにいる女性を想って歌っているのに、私がその歌詞に自分やその経験を投影して共感することって出来ますか?浸ることって出来ますか?出来る出来ないじゃなくてやるんだよ、と言われたらそれまでですが、その時の私には無理でした!!!あ〜今そうね、きっと好きな人に向けて歌っているのね、うん、幸せそうだねって。そう思うことは出来たけど、歌詞への共感も感動もなくて。だって自分を投影できる隙が無いんだもの。そういう、歌を見て欲しいっていうのに、こちら側に自己投影の余地を与えてくれないところに切なさを感じてしまいました。勝手に切なくなってごめんね。でも歌を好きでいたいのに、音楽を好きでいたいのに、2人の間の歌であると認識してしまった瞬間にその歌にバリアを貼られているような気がしてしまって。何も考えずフラットな状態で歌詞を見ると私の好きな感じで可愛いなと思ったけれど、やっぱり目の前にチラつくものは消せませんでした、ごめんなさい(笑)

 

ここまで晃一くんの愛に対する姿勢の変化とか、歌を届ける対象とか、その前はずっと晃一くんのファンの人たちのことを書いてきたけれど、何が言いたいかっていうと「伝えなくてもいいこともあるよ」ということで。正直察してくださいという発言は本当にいらなかったと思っています(笑)だってアーティストなんだから、ただただ等身大に歌を届けてくれれば良かったよ。こっちは勝手に察するし、なんなら既に察していました。が、特定の楽曲の名前を出した上でそういう発言をされると、晃一くんが望むように「音楽を愛する」というのは難しいのではないかな、と。フラットな状態であの歌が聴きたかった。「もしかしたら」を想像しながら、はたまた自分の過去や今を投影しながら、貴方の作った歌を楽しみたかった。好きになりたかった。でも無理だった。対特定の誰かへの歌だと、その瞬間にわかってしまったから。別に貴方に恋人がいようが結婚しようがなんだっていい。もう自由だ、好きにしていいはずだもの。でも、歌に罪はないじゃん?貴方の歌が、声が好きで聴きに行っています。だから純粋なそれを楽しませて欲しいのです。アーティストなんでしょう?歌そのものを、音楽を愛して欲しいのでしょう?ならばそこの、貴方と歌との間にある他人のことなどこちらに悟らせなくてもいいじゃない。ウェディングソングを作った時はお祝いしたいし、もう本当に、さっきも言ったけどそこらへんは好きにして欲しい!!!恋愛してくれ!!!なんか顔が優しくなっている気がして少し嬉しかったのも事実だし!!!ただ、楽曲への解釈はファン1人1人に委ねて欲しい。そこは消費者にあたえられた権利だと思っているので。どうか、自分の歌の価値を下げるようなことは、歌の意味を限定するようなことは、少なくとも「歌だけを愛して欲しい」と語る貴方にはして欲しくない。

 

 愛するから愛して欲しいとは言いません。ただ、愛するから、こちらが貴方の歌を、声を愛しているという事実だけは理解して欲しい。貴方の歌を愛する人がたくさんいて、貴方の未来を応援する人がたくさんいて、貴方に今までもこれからもついていこうとする人がたくさんいることを知っていて欲しい。そしてそれがどれほどに素敵で、そして当たり前ではないことなのかを理解して欲しい。恩着せがましく聞こえそうですが、そうではなく。貴方の考えているような「好き」ではない、歌を愛してくれている人が存在しているということを理解して、自信を持って、そしてそれに誇りを持って活動をして欲しい。〜〜して欲しい、ばっかりで、強欲ですね、申し訳ないなぁ。でも頑張ってね。貴方が夢だと語った武道館の舞台に、貴方のことを応援して、今までずっと信じてついてきてくれた愛に溢れる方々を連れて行ってあげられることを心より祈っています。

 

 

 それから、私はね、大好きな人たちに連れられて東京ドームに行く予定です。こんなところにこれを書くなんて意地汚いかな?性格悪いかな?なんとなく自分でもそう思う(笑)でも敢えてここで言いたかった。晃一くんが武道館に行くと宣言した時から、ならこっちはやっぱり東京ドームだなって。晃一くんなんて呼び方慣れないけど、晃一くんは晃一くんで夢を叶えてください。Departureに行けて本当に良かった。たくさんの葛藤と決断を迫られた気がした。どっちもを応援するなんて難しいことではないし、きっとこの先もそうするだろうと思っていた。でも違いました。今の私はここで振り落とされるべきファンだと思いました。ファンと書くことすら躊躇うけれど、きっと求められているようなファンではないです。かといって6人の方に求められているかと問われればわからないけど。でも6人に東京ドームに連れて行って欲しいし、わたしたちが連れて行きたいし、みんなで東京ドームまで行くの。これは決定事項なの。超特急を未来だと言った人が、7人でドームに行くといった人がそこに居ないのは意味わかんないけど、でもだからって諦めるほど物分かり良くないし、無理だとも思ってないよ。きっと連れて行ってくれる。正直晃一くんが抜けるまでは、ドームに行くことよりも何よりも、7人でいてくれることに幸せを感じていたけれど。でも晃一くんが抜けたから行けなかったって思われるの嫌じゃん!?大好きだし歌上手いし居なくなったの意味わかんないけど。(意味わかんないけど)6人がもういいならこちらももういいんです。活動してくれるだけで幸せなんです。でも、まだ、6人がその夢に向かって行くと言葉にしてくれているから。今はただその言葉を受け取って、応援するだけです。

 

 晃一くんの武道館と、超特急の東京ドーム、どっちが先かな??どちらでも私は嬉しいかもしれないなぁ。わかんないけど。こっちも全力で目指すから、晃一くんも頑張ってね。やっぱり辞めた〜とか無しね!ここを手放してもいいほど、手放したくなるほど叶えたい夢が、立ちたい場所があったのだと思っているから、こちらが悔しくなるほどに大きくなって欲しい。ふらっと会いに行けるくらい大きな場所で歌ってる存在になって欲しい。こっちはこっちで、後悔させるくらいに大きくなりたいな。いやどうだろう、晃一くんなら誇らしくなるのかな。出来ると思ってたわ、と笑うのでしょうか。わかんないけど、とにかく貴方が居なくても大丈夫だと、貴方にも、貴方が居なくなってから離れてしまった人にも、世間の人にも知らしめたいなぁ。ここまで書いたけど、結局のところ、やっぱり6人が6人で居てくれたらそれで幸せかもなぁ〜

 

 

 Departureの感想というか、吉野晃一くんをみて感じたことになってしまいましたが、こんな感じで終わりにしようかな。長々と、まとまりのない文章を見て下さった方、ありがとうございました(^_^)誰だよって思った方は宜しければ吉野晃一で検索してくださいね。あ、その3倍くらいの量超特急も検索してくれると好きが零れ落ちます〜〜!!!()では、本当にこの辺で終わりにします。

 

 吉野晃一くんの夢への一歩目が素敵な時間で溢れていますように。超特急6人の未来が、更なる活躍を見せる、好きなことがお仕事につながる素晴らしいものでありますように。7人を愛する全ての人がハッピー教でいられますように。

 

 

僕には君が必要なんだよ

 

まずはじめに、超特急14thシングル 「a kind of love」、オリコンウィークリーチャート2位!おめでたい!少しでも自信というか、ポジティブなものに繋がってくれれば嬉しいなと思っております(誰)みなさんも買ってくださると嬉しいな〜♡とちゃっかり宣伝します(笑)無料配布できる分もあるので気になる方声かけてください!!!!!!!!気にならなくてもとりあえず受け取ってください!!!!!!!!あとはYouTube公式あるから観てください!!!!!!!!()

 

さて、新たな始まりの歌、そう言われることも多いこのシングルが発売されて、私も向き合わないとなぁと思ってはいたんですけど、そんな中で4月3日のFCイベに行かせて貰ったので、そこでの感想というか思ったこととかね、備忘録としてあげていきたいと思います。

 

 

FCイベ前日に久しぶりに家で聴いた音源とは違う、帰りの電車でなんとも言えない気持ちで聴いた声とは違う、新しく録り直したであろう場内BGMを聴きながら彼らの登場を待っていた時のことはこの先もずっと忘れることはないでしょう。物分かりの悪いファンなので「もしかしたらこの幕の先には」を考えてしまっていたのだけれど、一緒に入っていた7推しの子と場内BGMの声に耳をすませたときに「ああ、録り直したんだねぇ…」となってしまい、なんとなく覚悟とはまた違うけれどまぁ願っていることは今この時点では叶わないだろうなと察しました。当たり前なんだけどね。それから待っている間に思ったのは、ピンクのペンライトが増えたなぁってことです。今まで入った現場ではピンクを持つ人をあまりみなくて、持っていても推し色が売り切れて買えなかったから歴代ペンラ+ピンクとか、まだ推し決まってないのでピンク1本だけで〜みたいな人が多かったイメージだったけど、今回FC会員しかいない中でピンクのペンラがぽつぽつとみえて、そういうことだろうなぁって。私が言えることじゃないけど、きっと鞄に入っているであろう黒いペンライトを光らせてあげてと言いたくなったなぁ。そんな気持ちのまま彼らの登場を待つわけです。

 

どれくらいか待って、ユースケくんが客席を煽り、幕が降りた先に見えたのは楽器を演奏する推しとメンバー、いう謎の光景でした。わたしがドラム叩く人好きなの知っててドラムなの!?え?!ってなった(アホ)いや、彼はドラム経験者(仮)なのでドラム担当なことには何の驚きもないんですよ。わかってる!わかってるけど!ただただかっこいいなぁ〜いいなぁ〜って言うてました。尊い。Cyhのあと、何故か某ゴールデンボンバー先輩の女々しくてを歌いはじめ(この辺りからこいつらどうした?と思っていたのはここだけの話です)、なんかうん、ついていけないけどとりあえず楽しもう…!という感じでした。感想が小学生みたいですね。ゴールデンボンバー先輩、お世話になってます、ありがとうございます🙇🏻‍♀️

 

その後は日替わりの企画コーナーで、エチュード(即興劇みたいなやつ)やビンゴ大会、質問コーナーとかね。宴会みたいで楽しかったですね(全力で褒めてるよ)。楽しかった。正確に言えば「全力で楽しませようと頑張ってくれていることが全面に伝わってきてこちらも全力で楽しまなきゃ!と思えた」という感じです。みんなみんな振り切ってたんだもん。いつもこんな感じだっけ?って思うことも多かったし、あれこの子はこんなにふざけられる子だったかな?と思うこともあったし。推しもいつもよりポワポワしてなかった様な?良いことなのかなとも思いつつ。それが出来る安心剤が…と考えてしまうとやはり苦しくて。それも全部全部当たり前のようにそこにいてそのポジションを担ってくれていた彼がいなくなってしまったからこそのことだと、深く考えなくてもわかってしまうような気がして。ん〜、6人の成長や変化を感じるなかでもやはり彼の、コーちゃんの存在というか、大事さにいちいち気付かされなくてはいけないのが辛い。なんて奴だ!!!て気持ちです。ばーかばーか。

 

それでも企画コーナーは本当に悲しいことなんてほぼ何も考えなくても良いくらい純粋に楽しかったなぁと。コーちゃんがいるいないは抜きにしてね、みんな其々が体当たりで頑張っていたなと思ったし、やっぱり応援したくなる人たちだなぁと改めて思いました。

 

その後はライブパートで、わたしは6人になってからのパフォーマンスをこの日初めて生でみました。汚い話なんだけど本当にずっと変な気持ち悪さに襲われるというね(笑)緊張や楽しみ、でもみたくない、複雑な感情で体調が悪くなるという自分にメンタルの弱さを感じつつこれから目の前で起こることすべてを受け入れて目に焼き付けようと勝手に決めたんです。え、自分語りじゃんナニコレ。流してください。

とりあえずセトリとしては

 

No More Cry
DJ Dominator
超えてアバンチュール
(MC)
One Life
Billion Beats
(振り付け講座)
Synchronism
走れ!!!!超特急
Burn!

《アンコール》
a kind of love
バッタマン

 

という感じ。スタートから何なのって思ったし、正直あのあと聴くことができなかった曲でもあったので(そもそも超特急の曲を聴けていなかったみたいなとこある)ここでくるか〜とは思ったんですけど。推しに関してはまぁ長々と語るから後回しにして、やっぱりやでちゃん。タカシやで。歌い方の幅が広がったというか、ところどころコーちゃんを感じさせる歌い方で、タカシやでの歌を形作ったのはやはり間違いなくコーちゃんなんだなぁ…と。「あんな歌い方出来なかったよね…!?」という友人の言葉にそうだよなぁ〜と納得したというか。ヒストリーブック Signal での「ずっとそばにいたのもコーイチだし、学んだのもコーイチだし、ボーカリストとして自覚しなきゃって思ったのもコーイチのおかげだし。」というタカシやでの言葉を思い出しました。

あのあと頑張ったんだろうなぁ、重圧に押しつぶされそうになったよね、辛かったよね、と色々な感情が溢れてきたけれど、まとめるとタカシやでは凄いなって。コーちゃんの背中を追い続けてきたタカシやでだけど、コーちゃんとはまた違った魅力のあるタカシやでだけど、こうやってコーちゃんの得意としてきたものを吸収していく姿をみて、タカシやでは凄い子だなと。正反対の魅力があるボーカル組の役割を今後は1人で担っていかなくてはならない。プレッシャーや不安が襲うこともたくさんあるだろうなと思うけれど、タカシやでらしく頑張ってくれたらそれで十分で、それが1番です。優等生で真面目なタカシやでだけど、末っ子だしたくさん甘えて良いんだよ。いっぱい甘えていっぱい吸収して、素敵なボーカリストになって欲しいです。欲を言えばまた、2人で並んで歌える時が来たらいいねと、そんな願いをおいてタカシやでのお話は終了です。

 

 

よし、この先は推しのユーキくんについて。正直まだまとまらないし、口が悪くなる予感がしなくもありませんが、ご容赦ください。

 

No More Cryの初めの方、今まで観てきたユーキくんの中で1番力強いというか、言葉を選ばすに言えば荒々しい感じがしました。いつもは滑らかさの中にある芯の強さ、ゆらゆらピッ!て感じなんですけど(伝わらない)、あの日のNo More Cryはガムシャラに踊ってるなぁと感じたんですよね〜。徐々にいつもの表情に戻って曲の中に自分を取り込んでいたけれど、序盤はやっぱり自分のことを曲で表現してくれたのかなと、面倒なヲタクは勝手に推測しています。いいように解釈したがりのヲタクだからしょうがない。グループにとって初めてのオリジナル曲であるこの曲を、お互いの為にさようならを選んだ男女を歌ったこの曲を、あんな風に踊られてしまったら、もう。

 

少し話はとんで、次の日のFCイベント。わたしは行けなかったけれどレポを見させていただいて、ユーキくんがコーちゃんのお話をしたことを知りました。正直心の底から嬉しかった。発表があった時のブログでも多くを語ってはくれなくて、というか語れなかったんだとは思うけど、まぁ当たり障りのない言葉が並べられているなと感じたから。だから内容はどうであれ、ユーキくんの思っていることを伝えてくれたのが本当に嬉しくて嬉しくて仕方がなかったです。「正直コーイチ馬鹿だなって思う。」って、はっきり思ってることを言ってくれて、歌とダンスでお互いてっぺんとろうって約束してたのにって話してくれて、俺はここに残って超特急でやっていくって言ってくれて、とても嬉しかったし、同時にやっぱりわたしはいちごちゃんが好きだなと再確認しました。

 

ここでもまたSignalからの抜粋になってしまうけど、それぞれにとってメンバー1人1人はどういった存在か?みたいな質問があって、そこでコーちゃんは「僕が盾なら彼(ユーキ)が剣、みたいな感じ(笑)」と語っていて。この表現をみたときにああ、とやけに納得したし、どこまでもこの2人には同じステージに立っていて欲しいなと願ったんです。というか確信みたいな感じで、ずっと一緒にいるんでしょ?とすら思っていたし。絶対なんてないし、もうそれは叶わないんだけれど。盾がなくなったら、誰が彼を守ってくれるのでしょう?盾を失った剣はそれまで自分を守ってくれていたものが無くなり、自身を振り回すことでしか自分を表現できなくなるかもしれないのに。自分で言ったんだからちゃんとユーキくんと一緒にいてよって言ってやりたくて堪らないんです。今はもう若干吹っ切れたというか、ユーキくんも他のメンバーときっちり話ができるようになったし、それでも伝わらない時はリーダーがその考えを噛み砕いて言い換えてくれるとわかったので少し安心しています。ただ、そうやって受け止められる前のわたしがユーキくんに感じていた心配や不安にも似た感情はきっとこれが、盾がなくなってしまったことが原因なんだろうなぁなんて。

お互いの歌とダンスがハマった時が嬉しいと語ったり、相手が歌を、ダンスをどれだけ大切にしているか理解している様子があったり、「エンターテイナー」としての部分でお互いを理解し合えるのがいちごちゃんだと、私の中には嫌でも刻まれていて。だから今までダンスの面で言葉にできないユーキくんの想いや考えを理解してくれていたであろうコーちゃんがいなくなってしまったら、またユーキくんは昔のように周りの人に気持ちを伝えることを諦めてしまうんじゃないかとか、想いを乗せていた大好きな声が無くなってどうしたら良いのかわからなくなってしまうんじゃないかとか、とにかくユーキくんにとってのコーちゃんの存在が大きすぎるが故に、壊れてしまわないかと心配でした。

 

でもユーキくんは立ち止まらないんだよね。もう前を向きますとは言っていたけれど、久しぶりに全力で踊る貴方をみて、こんなに強い人だったかなと疑問に思うほどに凛としていたから拍子抜けしたみたいなところもあります。

 

「コーイチは歌で、俺はダンスでてっぺんをとるって約束したのに、」

 

この言葉はずっと忘れないし、ずっとずっと心に住み続けるんだろうなぁと思います。これは(これも、か)ヲタクが勝手に感じていたことですが、ユーキくんは基本的に一人称は「僕」だけど、ダンスのことやライブのことについて熱く語るときや無意識のうちに本音が出てしまうとき、自分のことを「俺」と言います。(こんなこと思ってるの私だけかもしらん。え、違かったらごめん!)いつもはなるべく言葉を選ぶように、丁寧に話している印象だし、ブログでの一人称も自分、僕が多いユーキくんだけど、素直な部分が出ると俺、って言うよね。私はその時折みえる本音の部分、が好きだったりします。でもこの話になるとまたコーちゃんが出てくるんだよ。ユーキくんのそれを1番出してくれるのはコーちゃんだから。あんなにニコニコしてるユーキくんがクソジジイ!って文句言ったり、荒い言葉で絡んだり、どうでも良いことで口喧嘩したり、そんなことが出来るのがコーちゃんなんだよ。コーちゃんが引き出してくれるユーキくんの素の部分が大好きなんだよ。

 

こうやって吐き出し始めると、やっぱりまだまだ吹っ切れてないのかなと思うし、正直この先もずっと7人の超特急は忘れられないだろうしそこが最高で最強だったと譲らないとも思います。それでも、ここからは6人でやっていくことに変わりはないんだろうから、私はそれを受け入れないといけない。受け入れられないのなら置いていかれるまでだけど、それは嫌だから、違和感があっても、それもひっくるめてこの先の超特急を愛していきたいなぁと思っています。最高で最強に大好きな7人の超特急は、大切に大切に、宝箱にしまっておくからね。いつまでも色褪せないように、毎日愛し続けるからね。

 

 

今まで以上に俯瞰的に構えて話をまわしていたカイカイも、リーダーとして矢面に立たなくてはならない恐怖に負けることなく伝えてくれたリョウガさんも、痛々しいくらいに明るく努めて、振り切って頑張ってくれたタクちゃんも、本音もこれからへの展望もパフォーマンスで証明し続けてくれたユーキくんも、いつもいつも8号車の気持ちに1番に寄り添って1番欲しい言葉をくれるスケちゃんも、確実に1番負担がかかるポジションなのに笑顔でやってのける愛すべき末っ子タカシやでも、

 

「6人と8号車なら大丈夫」そう言ってくれたコーちゃんも、

 

よくここまで頑張ってくれたなと、1ファンながらに思います。こうならなければ知らなかった彼らであって、7人が一緒なら彼らは変わらなかったのかもしれなくて、それを知らない世界の方が確実に幸せだったかもしれないけれど。ずっとその世界を望んでいたけれど。それでも今はそんな風に走り続ける彼らを心から応援したい。別々の道にはなってしまうけれど、いつかまた7人が揃って笑いあえる日が来ますように。大好きな7人がまた見られますように。

 

 

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 

 

 

2018年4月8日、コーちゃんが正式に超特急から脱退したことが発表されました。3ヶ月弱、少なからずもしかして、と期待してしまっていた日々が続いていたけれど、そんな生活にも終止符をうつことになります。

 

正直コーちゃんが脱退してからというもの、運営さんが有能になってきた感が否めなくて、あれコーちゃんもしかして運営のボスになった!?とか意味わかんないことを考えたりしています。まぁそれは冗談として、コーちゃんがいる時からその有能さを発揮することは出来なかったのか、はたまたコーちゃんがそれを望んでいなかったのか、私たちには何もわからないし今何を言っても現実は変わらないけれど。新しい1歩を7人が1人残らず踏み出せることを願っています。

 

これからは吉野晃一として活動していくんだろうなぁ〜。 悔しいし、やっぱりまだ戻ってきて欲しいし、また2人であの曲をやって欲しいし、言い出せばキリがないです。でもそれ以上に貴方には歌っていて欲しい。もっと自分の中にあることを歌でみんなに知らせて欲しい。吐息がかった甘い歌声をまた聞かせて欲しい。コーちゃんに歌っていて欲しい人、山ほどいるんだよ。最後のブログのコメント、まだみているかな?あのブログからもう3ヶ月が経とうとしているのに、今でもコメントをし続けているファンの人がたくさんいます。それを見る度にあ〜コーちゃんは愛されてるな〜って思います。何だかんだ文句言っても、みんなコーちゃんが大好きです。

 

ユーキくんは「てっぺんとろうって約束したのに、」って言っていたけれど、約束したことは変わらないから。晃一くんは歌でてっぺんとってください。晃一くんが頑張ってくれたらきっとユーキくんも燃えるんだよ。アイツには負けてらんない!ってなるよ。だから頑張ってよ。コーイチくんとユーキくんが隣り合わせで歌い踊ることはもう無いけれど、「シンガー・吉野晃一」と「ダンサー・村田祐基」がいつかまた目配せをしながら楽しそうにパフォーマンスをする未来が来ることを、私は諦めません。

 

『運命の出会いとかたとえば感動の再会もきっとその手の中』だもんね。

 

 

 

最後に、超特急のコーイチくん、貴方の歌が初期の超特急を支え、貴方の歌が今までたくさんのファンを魅了してきました。結成日からの6年と少し、たくさんたくさんありがとう。そしてお疲れ様でした。これからの吉野晃一くんの活躍を祈って、備忘録とします。

 

読んでくださりありがとうございました。

 

 

 

 

意地でも幸せになってくれ

 

 

 

「応援するべきだと思う」なんて、誰が言う権利があるのだろう。人様の趣味に、ヲタクとしての形に、愛の形に、どうこう言える人なんているのだろうかと、そんなことばかり考えているここ数日です。

 

わたしにとって怒涛の1月が終わって、あっという間に2月も終わってしまいそうで。早かったなぁと感じるのはきっと、時の流れに気持ちがついていかないからなのでしょう。ツアーの幕開けで楽しい1年のスタート!となった矢先に応援しているグループからメンバーが脱退して(もうあれだし前にもはてブロ書いたから次から超特急って打ちますね☆)、かと思えば次の日には息子のように思っていた(同い年なのにね?)彼のデビューが決まっていて。そりゃあ気持ちがついていくわけがないんです。まだ1月。年始。何なら年明け前に戻りたいもん。いや、デビューはおめでたいのですけどね。

 

でもどうしてこのタイミングで冒頭のようなことを考えているのかと、なりますよね、なる。わたしもそう思いますもん。何で今更こんなこと考えてるんだ?っていう。まぁ恐らく彼を取り巻く環境をみているうちに苦しくなってしまったというのと、「応援する権利と離れる権利」というものを彼とそのファンとその他のメンバーのファン、そして超特急とそのファンをみていて感じたというのが大きな要因なのですが。ヲタクはみんな担当や推しが大好きで、だからこその発言や行動であるのは重々承知しているし、汲み取っているつもりではいます。それでも、やはり人と人の間には理解しきれない部分があると思うんです。どう頑張っても他人だから。100%相手の考えていることを想像したりだとか、当てたりだとか、そんなことは到底無理で。そういう事実を理解しているのとしていないのでは全く違うなと感じるわけです。

 

「貴女はこれこれこうなんだろうけど」と、相手のことを理解した『つもり』になって発せられる言葉には、棘が生えていたり、早く鋭かったり、人を傷つけるには十分なものがあって。わかったつもり、知ったつもり、同じ気持ちでいるつもり、とかね。全部全部タチが悪いわけではないとは思います。そうやって寄り添ってくれる優しさに救われたことが私自身あるし、実際私もそうすることがあるから。だけど、そのスタンスでいるならば「聞くこと」は絶対条件で、相手の気持ちや話を聞かずして「わかってるよ、だからこうするべきだよ」なんて、言ってしまってはダメなのではないかと思うのです。その人の応援スタンスはその人自身が決めることであって、いくら同じグループを応援していたとしても口出しをして良いものではないでしょう? 勿論マナーやルール、常識的な面で底上げを図ったりだとか決まりを作ったりだとかはどうぞどうぞだし、ありがとうございますなんですけど、応援スタンスに関しては個々人の自由・好みで良いのでは?と思うわけです。

 

だから脱退したメンバーのことを応援している人も、関東でグループを作ってデビューした彼を応援している人も(わざわざこんな言い方した)、この先のことは好きなようにしたらいいし、自分の好きなようにするべきだし、それが1番いいと思う。だって応援してきたのは自分なんだもん。他人の尺度で決められて良いものではないよね。周りからあれこれ言われるけど、だって自分で好きになって、自分のお金をかけて、自分の時間を費やして応援してきたんだもん。だから「あの時の彼のこと、好きだったなぁ」なんて切なくなることもあるよ。だって応援してたんだもん。「何だか少し変わった?」とか感じることもあるよね。だってずっと見てきたんだもん。好きだから、ずっとみてきたから、だから環境が変わった時にあれ?と自担や推しとの間にすれ違いのようなものを感じるんだもの。好きじゃなかったらそんなこと考えないし、それまでの彼らをみてこなかったら変化にも気付かないよ。周りに何を言われたって自信を持っても良いじゃん。今まで彼を応援してきたのは誰なの?と、訴えたくなります。(主張が長い)

 

 

この記事を立ち上げたのは「本当のファンならデビューを喜んで応援してあげるべきだよ!ついていくべきだよ!担降りなんて裏切りと同じ!」なんてニュアンスの言葉を目にしたからでした。普段はスルーするんだろうなと思いつつ、でも今の私を動かすには大きすぎるくらいの言葉の並びで。よくある言葉だけれど今の私にはタイムリーだなぁっていう。そもそも本当のファンって何なん?と。あ、私、「本当のファンなら熱愛出ても喜んで、応援してあげるべきだよ!」とかいう言葉も嫌いです。(聞いてない)

 

話が逸れたけど、上の言葉の何に引っかかったのかって、やっぱり「応援してあげるべき」とか、「ついていくべき」とかね。担降りは裏切り、はパワーワードですね、この世の女の大半が裏切り行為(担降り)を繰り返しては幸せを手に入れています。私は毎日重岡くんに担降りの繰り返し!アーメン。いやまず応援してあげるべきって何でソナタが決めるのじゃ?となりますね。あれ、俺ら友達だっけ?(cv.カイカイ)となりますね??

 

ふざけすぎてるからか言いたいことが伝わらなさそう。(自業自得)まとめると他人のヲタ事情に口出ししないでくださいに落ち着きます。同じ人を応援していても、みんながみんな同じ時代の彼を好きでいたわけではないし、出逢った時期も、堕ちた日も、応援してきた年月も違うでしょう。そうなるとやっぱり思い入れの強い時代も違うじゃないですか。今ずっと話してる彼を例にするとね、初々しい彼が好きだったとか、お兄ちゃんとしっかり者に挟まれてのびのびお馬鹿ちゃんをしている彼が好きだったとか、シンメとbrotherを歌う彼が好きだったとか、MCの収集がつかないのが可愛い3人が好きだとか、この6人ならキラキラアイドルだから応援したいとか、まぁ色々、あると思うんですよ。十人十色ですよ、そこは。だから、私は貴女の好きな彼を理解できないと思うし、貴女も私の好きな彼を理解できないと思うのです。そこは、そこだけは、譲り合っても、そういう違いがあっても、良いんじゃないかな?当たり前なんじゃないかな?と思うのです。

 

そういうわけで、みんながどういう気持ちかはわからないけれど、コーちゃんのことで迷っている人にも、彼のことで迷っている人にも、好きなようにヲタクLIFEを楽しもうぜ!と言いたいし、そう出来ない時なのもわかるんだけど、ね、そうなれると良いねと思っていますので。今まで好きでいた彼らは嘘ではないし、無くならないからね。コーちゃん推しでもないし、何なら紫耀くんの担当なわけでもないやつがごめんなさいねって感じなのですが。でもヲタクみんな幸せになれる!と思っているので。そのくらい彼らは素敵な人たちだと思っているので。大丈夫、大丈夫。好きなだけ迷おうね。

 

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腹をくくった彼にかける言葉はみつからないし、同情は求めていないだろうし、かといって薄情だね、なんていう風には思わないし。何か大きな転機だったり、気持ちの切り替わったタイミングだったり、そういう大事なことを言葉にしてくれるのは誌面の上なことが多くて。それも時差があることが多いから、彼の中では気持ちの整理がついていても、初めて知るこちらとしては驚くことが書いてあることも珍しくなくて。それ故、余計に彼の言葉が冷たいと思ってしまったり薄情だと感じてしまう人がいるのだろうなと思います。家族のことも、デビューのことも、関西のことも、全部を淡々と話すから。でもきっとそれには自分に言い聞かせる意味もあるのだろうなと思っているのだけれど、どうですか?自分に言い聞かせるように、もう後戻りはできないと喝を入れるように。違うかな?

 

君がいる世界の中で - ナナイロ宝箱 

 

以前にも書いたけれど、誤解されやすい人であり、時には反感をもかいやすい人であると感じています。私がフィルターかけてしまっているだけなのかもしれないけれど、でも頑張っていると、成長していると、会う度に感じていました。それでもやはり全てが真っ直ぐに伝わるわけではなくて、彼なら尚更、だと思うんだけど。それとなく発した言葉もマイナスな意味で受け取られることも、少なくなくて。勿論そういった勘違いをうまないような上手い話し方や伝え方を身につけていってくれればと願うばかりですが。それだけではないなと思う点も多くあって。側から見たらトントン拍子に進んでいるんだろうし、必死さがみえないんだろうし、ギラギラしてないようにみえるんだろうし、辛いことなんて何もないんだろうなとすら思われているのではと考えたりしてます。そのくらい、彼への風当たりは強かったし、これからもきっと強いままで、このまま勘違いされながら生きていくのかな〜なんて。期待に応えようとしていた、ただそれだけなのにね。

 

「直談判」と大々的に書かれてはいても、正しくは「相談」をしていったうえでデビューが決まったこと、知らないままの人もきっといるし。「関西に戻る気は無かった」という言葉に裏切りだと感じる人もいるだろうし。

 

言葉足らずだなって感じるし、もっとうまいように言えば傷つけることも傷つけられることも、嫌われることも無いのにって思うことも、背負いすぎじゃないの?って思うこともたくさんあるよ。それでも、そういう道を選んだのは紫耀くんだから。わざとそうなるべく歩んでいるのだと思っているから。いつも淡々と語るのは未練がないからではなくて、未練がある自分と決別する為だと思っているから。決別するために、自分に言い聞かせて、強がって、仮面をかぶって、そんな貴方で良い。それがそこに立つ術ならば、それで良い。少なくとも私は、結果が出せないから関西に戻ります、なんて言わなくて良かったと思っているし、なぁなぁな気持ちじゃ無いんだと知ることができて良かった。関西のみんなも、貴方がいなくたって立派にやっているし、むしろあの時よりもっと素敵な子たちになっている、かもしれないし。だからもういいから、未練なんて見せないで、素知らぬ顔をしていて欲しい。今はまだ前だけ見ていて欲しい。前だけを見て、がむしゃらに頑張っていって欲しい。そして、ワガママを許してもらえるならば、いつか笑って話せる時を迎えたら、あの時の話をして欲しい。ふにゃふにゃな笑顔をみせて欲しい。アホやな〜って可愛がられるところをみせて欲しい。

 

私は欲張りだから、して欲しいことばかりで、与えられることしか考えていなくて、与えられるものなんて何も無い。でも、欲張りでワガママなヲタクの願いをもう一つだけ、最後に一つだけ。勝手にたくさん傷ついて、勝手に幸せになって、笑って泣いて、悔しくなって、でもどこか嬉しくて、素直に言えなかったけど、デビューおめでとう。色々なものを自分から切り離してまで、うん、わざとこういう表現をするけれど、大切なキラキラを置いてまで選んだ道です。後悔なんてしないでね。

 

紫耀くん、意地でも幸せになってください。

 

 

 

 

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長くなったし、まとまりもないし、殴り書きならぬ殴り打ちみたいになりましたが今の気持ちです。ヲタクみんな幸せになれればいいのにね。なろうぜ〜!自分の人生なんだから自分の尺度でヲタク楽しもうぜ〜!という気持ち()

さ、私も自担と推しを愛でて幸せなヲタクLIFEを送るぞ〜♡重岡くん待っててね〜!(?)

 

 

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夢の中のお話。

 

 

これは空想のお話で、決して大好きな人たちが壊れてしまうとか、離れ離れになってしまうとか、そういうわけではないです。ただもしその時が来たときのために、自分の中の気持ちを少しずつ整理できれば良いかな、と思ったので書いています。

 

だから推しじゃないとか、関係なく、気持ちを綴ります。許してね。

 

 

 

わたしにはWEST以外にも大好きなグループがあって、そこのダンサーをしているユーキくんを推していて。みんなみんな素敵な人たちだけれど、その中でもいちごちゃんは特別で、2人揃えば無敵!とさえ思っていて。1号車のコーイチと、5号車のユーキくん。1と5でいちごちゃん。

 

コーイチくんはお歌がはちゃめちゃに上手くて、ダンサーじゃないのにダンスも上手くて、ダンスしてるときの顔がとっても楽しそうで、この人はエンターテイナーになるべくして生まれて来たのだろうなと思わせるものがあって、普通ならそれだけで忙しいのに有名だろう私大にも通っていて、出来ないことがあるのか?と疑問にすら思わされて、なんなら、そう、どうして超特急のボーカルなの?とすら思っていた存在でした。初めはずっとそう思ってました。

 

でもコーイチくんは言いました。満員の代々木のステージにやっと立てた時に、「代々木で止まるつもりはない。走り続ける。」と言いました。 違うところではさ、「7人でドームに立ちたい。」とも言ってたよね。私はユーキくん推しだけど、このコーイチくんの言葉に安堵したんです。ああ、コーちゃんは居なくならないんだな、ここに居てくれるんだなって、思ってしまったんですよね。今考えたらコーちゃんにとってそういうのすら重荷だったのかもしれないし。コーイチくんがいないとダメみたいな、他のメンバーだけじゃやっていけないみたいな、そんな感情すら失礼だったのかもしれないし。もう何もわからないけれど。でも6人がダメとか、そういうんじゃなくて。1度吉野晃一という最強な人に出逢って、メンバーとして活動して来た6人にバラバラになるという結末はあんまりじゃないのか?とか。ファンにとっても、あんな素晴らしい人を無かったことにしろなんて無理じゃないのか?とか。明日は我が身なんてよく言いますけど、ああ、こういうことなんだなって。私メンバーがいなくなったり、グループが壊れてしまった時にはもっと騒ぎ立ててしまう自分を予想していたんだけど、実際そうなると意外とそうでもない。ただただ哀しくて、でも気持ちの整理がつかないからわかってくれる人に気持ちを吐き出させてもらったり、とりあえずTwitterに気持ちをぶつけてみたり。そうしているうちにふと、「こうやってヤダヤダって言っていても、もうどうしようもないのか、」そう悟ってしまう自分が嫌いになったりだとか。「どうしようもない」なんて、今1番使いたくない言葉なのにね。

 

どうしてだろうな、どうしてこんなに哀しいんだろう。もちろん大好きな応援しているグループから大事なメンバーが脱退するから、そう言われればそうでしかないし、簡単なことなんだけど。でも私にとったらきっといちごちゃんは特別で、2人は一緒にいてくれないと困るって、そうずっと思っていたから、余計に、みたいなところがあるんだと思う。

 

先にも言ったけどコーイチくんは天才で、なんでも出来て、完璧な人、だと思う。そんなコーイチくんが、ユーキくんのダンスを、ダンスに対する情熱を認めてくれている。同じようにユーキくんもコーイチくんの歌を、歌に対する姿勢を認めていて、ヲタク的に言ったら胸熱案件以外の何物でもない。この2人の関係性が本当に大好きで、2人が絡むパフォーマンスは必ずと言っていいほど涙が出て、伝わってくる気持ちの量がすごくて、それでいて綺麗だと感じて、だからずっとずっと一緒にいて欲しかった。この2人って無敵じゃん!!!そう思っていた。大好きだった。

 

この先超特急の6人が、吉野晃一くんが、どうやって活動していくかはまだわからない。次のシングルやツアーは6人だと発表されたけれど、ファンミは?パーバレは?FCのみんなは最後に会える機会もないの?本人からの言葉は?そんな疑問ばっかりで、正直この先も応援するよ!とか綺麗なことは言えないし、推しじゃないから文句言わないで我慢する、なんてことも出来ない。だって7人と8号車で1つって言ったのあっちじゃん??今更置いていくなんて意味わかんないじゃん??わたしは執念深い女で、粘着質なので、納得いくまでこのままここにいると思う。同じ気持ちの人がいれば言ってあげたいな。こんなんでファンって言えるのかなって不安になるかもしれないけど、好きだからそう思って当たり前だよって。感情に正解不正解なんてないと思うし。好きにさせたんだから、納得いくまで好きでいさせろって。

 

結論、私は、もし、もし好きなグループが離れ離れになってしまったり、壊れたりしてしまったなら、納得いくまでその場で立ち止まって、好きだった形の彼らを見つめているらしい。もうその時の彼らに会えることは無いけど。(この一言が自分で言って1番自分の気持ちを苦しくさせてる。会える時をみつけるのは難しいけど、それでもやっぱり会いたい時に会いにいく、は鉄則かもしれない。)

 

長々と綴ったけれど、実際こんな気持ちになることはあるのかな。これは夢の中の話だから。まだ私は夢の中にいるから。夢だよね、きっと。

 

本当に、夢ならなぁ。夢なら良かったのにね。

 

きっと満足なんてしない。会えるだけ会っていたって、その後きっと、でもまだあの時頑張れば会えたのにって、そう思う。ヲタクだからきっとそう。だからその点はしょうがないと割り切るけれど。

 

記憶の中の彼らは消してしまわないように、勝手に塗り替えてしまわないように、せめて1番好きな姿の彼らのことを、飾っておかせてほしい。これからも好きなだけ、勝手に好きでいさせてよね。

 

 

 

今日の気持ちを忘れないように、忘れないと思うけど、備忘録でした。

君には翼が生えている

 

今回のツアーは、未だ嘗てないほど「もう踊らないでもいいんだよ。」と思い、それと矛盾するように「もっと跳べるはずなのに。もっとステージに立ってよ。」と嘆いた、そんな複雑な気持ちを抱えたツアーでした。きっとヲタクをするうえでこの感情を抱いたりこの状態に遭遇することはないことの方が多いし、ないに越したことはないと!そう思いますが!備忘録としてね、書いていきますよ。

 

超特急アリーナツアー the end for beginningは、12/24・12/25の幕張でのクリスマスライブを皮切りに、12/27に横アリ、12/30に名古屋を終え、残すところ年明け1/6の城ホ公演のみとなりました。

 

もともと横アリ公演のみ入る予定だった私は、開演直前に運営さんから「リハ中にユーキが足を怪我したからこの公演は1部構成を変更するよ。よろしくな。」という旨の連絡をいただいて。というか友達に言われるまでこの連絡が来ていることに気付かず、それを知ってから心の準備が出来る前に開演。初めにスクリーンに流される映像は自分たちで考えたというもので、こんなことまで出来るようになったんだなぁなんて感心していましたが、やはりどこか落ち着かない気持ちで。ユーキくんは出てくるのか、きちんと踊れるのか、どの程度の怪我なのか、と心配する気持ちと、あの負けず嫌いな性格なら何としてでもステージに立つんだろうなというどこから来るのかわからない自信みたいな気待ちとが混ざり合い、自分でもよくわかりませんでした。ただ言えるのは一刻も早くユーキくんの姿がみたい、それだけでした。

 

1曲目、ツアー表題曲でもあるthe end for beginningのイントロが流れ、センステにみえたシルエットが7つあることに気付いた時は自然と涙が出ていました。推しが其処にいることがこんなにも幸せなのかと、噛みしめるようにして見つめて。この曲はこーちゃん振り付け、推しのユーキくん振り付けという🍓曲なのでとっっっても特別なものだから、それを踊っているユーキくんがみれて本当に良かったです。

 

WSのカメラがたくさん入っているからなのか、若干無理がみえるレベルで踊ってくれたユーキくんは言い方を選ばないで良いとするならば少し痛々しくて。でもそれが等身大だからかっこよかった。

 

怪我の具合の心配とか、踊ってるところがもう少しみたいとか、たまたま30日のバイトがお休みになったこととか、色々なことが重なって当日名古屋まで飛ぶことにしまして、ガイシにも入ってきました。

 

ガイシに関しては、モニターでの出演を含めても全体の1/3 のみのパフォーマンスで、相当悔しいだろうな〜と思ったりもして。イヤモニでメンバーに声をかけるところも、煽りをいつも以上に頑張るところも、ギャグをいって和ませようとするところも、全部全部自分の怪我のせいでこの空間を壊したくないからなんだろうなぁ、と。きっと誰よりも悔しくて、申し訳なくて、責任を感じているんだろうなと容易に想像できるのに、ユーキくんを元気付けるために私が出来ることはペンラを振って君の名前を呼ぶことだけでした。

 

怪我のことはとても心配だし、歩くのも痛いだろうし、足首なんてすぐ捻り癖がつくし、そんな状況であんなに踊ってるユーキくんってどうなってんの??早く休んで!!!っていう気持ちももちろんあります。ただやっぱりそこにいて踊っていて欲しいと願ってしまうのは贅沢なのでしょうか。贅沢なんだろうなぁ。でもね、ユーキくんはもっともっと高く跳べるんです。

 

もちろん休んでもらうのが1番だとわかっているし、早く治していつも通りのパフォーマンスを魅せて欲しい。でも、いつもユーキくんのダンスに、表現力に魅せられてきた人間はそこにユーキくんがいないとどうしたら良いのかわからなくなるんです( ;  ; )気持ちをぶつけることの出来ていた対象がみえなくなり、その気持ちは行き場をなくして、宙に舞う。横アリにも、ガイシにも、届けきれなくて宙に舞ったままの気持ちがたくさんあって。だからねユーキくん、「この借りは必ず返す。」って言葉も、悔しそうで、でも覚悟を決めたような顔も、忘れてないからね!また横アリに行く理由も、ガイシに行く理由も、ユーキくんが作ってくれたものだと思って有り難く受け取っておきます。いやでもユーキくん推してて良かった〜!って思いましたから!無駄じゃなかった!

 

7人と8号車が揃わないとダメだなんて幾度となく聞いてきた言葉なのに、ここまで心に響いたのは初めてでした。悲しいことではあったけど、再確認できたこともたくさんあったし、悪いことばかりではないのかな?なんて思っています。まだ大阪が残っているけれど、ここまで支えてくれたメンバーに、ありがとう。

 

最後に、借りは返すとは言っていたけれど、直ぐにじゃなくて良いんだよ。 もうすぐ23歳になるけど、自分のこととなると無理しがちなユーキくんなので、きちんと納得のいく身体にしてから、また戻ってきてください。みんなきっと待っているし、君がいないと物足りないです。君がいないとペンライトが振れないんです。だからきちんと治して、また素敵なパフォーマンスをみせてください。おかえりなさいって言わせてね。

 

2017年のユーキくん、ありがとう!2018年もよろしくお願いします🍓山あり谷あり山ありなハッピーパラダイス、楽しもうね〜!!!

 

 

 

 

 

そんな貴方が好きなの

 

重岡大毅くん、25歳のお誕生日、おめでとうございます。今年も重岡くんのことを大好きなこの気持ちのままお祝いすることが出来ることが、とってもとっても嬉しいです。

 

 

「僕は空っぽな、クズ人間だった、」

そんな風に語っていたインタビューが、

「僕には色がないから、」

そんな風に語っていたメイキングがあったような、そんな記憶があります。

 

しげには特徴がない、と周りに言われていたりもして、もしかして重岡くんはマイナスな気持ちであんな風に答えたのかなと考えたこともありました。今思えば重岡くんにはクセしかないよな〜と思うのだけれど。(褒めてる)普通に考えたら芸能人として「色がない」ってどうなんだろうと、そんなことを自分で言うなんてどんな気持ちなんだろうと、意味もないのに私が考えたりして。

 

空っぽだったところから夢中になれるものをみつけて、ジャニーズで輝く重岡くんは、どんな色にも染まることの出来る重岡くんは、前しか見ていないようで、留まることを知らないようで、とてもとてもかっこいいです。今の自分に満足していない様で、どこまでも走るんだろうなと思わせてくれる、そんな重岡くんが大好きです。たくさんの意見や声があるかもしれないけれど、私は重岡くんの「今を生きてるぞ〜!」って声が身体から聞こえるようなそのパフォーマンスや生き方が大好きで、それこそが重岡大毅の色であり特徴だと思っています。なかなかじぶんのことを話してくれない重岡くんだけど、「実はネガティヴ」のネの字もみえない重岡くんだけど、コンサートの時に見せてくれる姿には重岡くんの生き様みたいなものを感じます。アイドルという職業を通して重岡くんの生き様をもっともっと感じていたいから、これからもどうか自分らしくいてください。

 

 

 

ここで何故か私の話になりますが、確か1年前の重岡くんの誕生日には、「もっともっと早くに好きになっていたかったなぁ」と強く思っていて、好きな気持ちが募るほど悔しさに襲われる機会も増えるなぁ…なんて考えていました。

それからどれくらいか経って、たまたま友人と話すことがあって。その子とは部活を通じて知り合ったんだけれど、ずっと他校だったのでよくお手紙でやり取りをしていました。田舎特有の文通というやつです(笑)その頃について話をしていると、そういえば今好きだよね?、と重岡くんの話になり。「あの頃はあんなに推しても靡かなかったのにな〜(笑)」と友人が言うではありませんか。私の頭の中は「???」でしたけど、少し話を聞いて、なんとなく、思い出したんですよね。

『たっちょん格好良い!』「わたしはヨコが好きだよ!」みたいなやりとりがあった中、その友人が雑誌の切り抜きを貼って、「この子関西ジュニアでね、おすすめです♡」みたいな感じだったと思うんだけれど、所謂ステマ的なことをしてくれていたんです。「その後返事くれなかったよね(笑)」とのことなので当時の私はスルーしてしまったらしいのですが、その手紙に貼ってあった切り抜きに写っていた彼こそが、何を隠そう今の私の自担である重岡大毅くんだったと。嘘みたいですよね、作り話みたい、でもね、嘘じゃないんです。本当にあった怖い(?)話。

本当に怖い。いやいや、出逢ってますやん!!!なんで???なんでその時好きにならなかったの!?もっともっと長く応援出来ていたかもしれないじゃん!!!って、思っちゃう。思ってしまっていました、けど。なんとなく、この後には納得したというか。今まではもっと早くに好きになっていたかった、もっと早く出逢っていたかった、と後悔をしたり、悲しくなったりしていたけど、そんなの無意味だなと。勿論そうなっていられれば1番良かったと思うし、私に出来なかったことをしてくれた人たちが大勢いたからこそ、彼は今輝いているんだという気持ちは持っています。有難いですよね。でも、私自身はきっとあの時あのタイミングじゃなければ好きになっていなかったし、現に実はもっと早くにあった出逢いを見つけられなかった。悔しいけど、これってきっと私が重岡くんを好きになるべきタイミングがその時じゃなかったからなんだろうな〜と。それにね、もしその当時好きになっていたとして、今もまだ好きでいられたのかな?と思うわけですよ。それは重岡くんどうこうじゃなくて、今よりももっと子どもで飽き性だった自分にそれが出来たのかなと。だから、私は今こうやって重岡くんを好きでいられるのも、神様が与えたくださったタイミングだと思っているし、運命みたいだなぁ…と想いを馳せることが出来るこの今が、何よりも大切で大好きなんです。負け惜しみみたいなこと言ってるけど、本気で今はそう考えています。

 

 

何故大事な自担の誕生日にこんな自分の話をし出したかと言いますと、何だろうな、まとまってないんですけど(おい)、重岡くんは止まってはくれないからこんな気持ちじゃダメだな、今の重岡くんと向き合わないとな、と思ったからなんですよね。ずっとここにいるよと言ってくれている重岡くんだけど、その成長はとめられるものではないからなんです。

きっと、私だけじゃないし、重岡担に限らずいるはずだと思うんです。「如何してもっと早く好きになっていなかったのかな」と後悔をしている人。でもその後悔って、「今の自担を好きになるタイミング」として再挑戦することというか、やり直しが出来ないことだから、やっぱりいくら後悔してもどうしようもないと思うんですよね。だからといって開き直って応援しろとか、クヨクヨしてないで今だけみてろとか、そんな事は言わないし思ってもないです。ちなみにあんな前述あったけど未だにクヨクヨはします()ただ、その時にも自担は私たちを置いていっているよと。そうやって羨んでいる間に前に進んでしまうんだな、成長していっているんだなと、重岡くんをみていて気づいたんです。

アイドルとしてずっとステージに立ち続けてくれるだろう、距離は遠くなってしまってもきっと私の前にいて輝いてくれているだろう、そう思います。でも、そこにいる重岡くんは進化し続けるはずで。知らないうちに前髪を切っていたり、腹筋ムキムキになっていたりする重岡くんだから。気を抜いたらどこにいるかわからなくなるくらい何時も全力疾走の重岡くんだから。会うたびに少しずつ、持っている表情が増えていく重岡くんだから。そんな重岡くんが好きだから、その少しも見逃したくはないんです。今の重岡くんをしっかりと目に焼き付けて、残しておきたい。多分今私に出来る事はそれくらいしかないな〜とも思うから。どんなところにも飛び込んでいくことの出来る重岡くんが、何色にも染まることの出来る重岡くんが大好きです。そして、そんな重岡くんがどこにいても、何色でいても、見つけることができるファンでいたいなと、改めて思います。

 

 

あ〜 何だかもう全然まとまらないし重岡くんのお祝いがしたいのにただただ自分の話してるし、何より話題が重い!!!こんな重い女にしたの誰だよ!!!重岡大毅だよ!!! 

重岡くんを好きになってから確かに私重くなったんですよ、物理的にじゃないですよ?!?(物理的にもあながち間違ってはいない)でも、こんなに毎日ハッピー☆ 自担がかわいい♡ みたいな楽しい日々を過ごせるのは何故だろうな〜と考えると、やはりあのハッピーボーイ重岡くんを好きになれたからこそなんだなと思います。大切なお友達にもたくさん出逢えたしね。重岡くんって偉大だなぁ〜! 重岡くんありがとう。いつも勝手に分析して考察して語っちゃってごめんなさい!!!好き故のです!!!大好きです!!!後にも先にも重岡くんほど好きになれる人いるのか〜って考えてラストバージン流して涙流すくらいには大好きです!!!こんな人間でごめんねって思うけど、重岡くんが誇れる重岡担になれるように少しまともに生きていきますので、どうかこれからも末長く応援させてください( ˊ°_°ˋ ) 

 

長くなりましたがね、最後にやっぱり、1番言いたい言葉を残して終わりにします。

 

重岡大毅くん、生まれてきてくれて、アイドルという道を選んで諦めないでいてくれて、本当にありがとう。貴方はわたしにとっての陽だまりそのものです。

 

 

2017 . 08 . 26 

君はきっと陽だまり

 

 

ポレポレ東中野にて行われた山戸結希監督凱旋上演、最後の一夜にお邪魔して来ました。溺れるナイフが大きなスクリーンに映し出される最後を、どうしても自分の目に耳に心に、残しておきたかったのです。

 

初めの圧倒的な可愛さの夏芽だけが映されるカットは、そこが普通ではない世界だと感じるには簡単で、違う世界を覗き見させて貰っているような、そんな気持ちになりました。

 

夏芽は神さんでは無いけれど、かといって普通の女の子という訳でもなくて。言うなればその容姿と才能で生きていけるほどの日本中の女の子の憧れで。ただコウの前だけでは、自分の神さんの前だけでは、普通の女の子になれたのだと思います。嫉妬するほどのカリスマ性をもつ彼に出逢い、負けたくないと感じる中でその感情が愛になり、自分の全てを委ねたいと思うまでになった。コウはコウで、夏芽の容姿に惹かれたことはセリフでも言っていますが、他にも夏芽が自分を見つめる時の挑発的な視線に今まで知ることのなかった魅力を感じたのかなと思います。

 

ここまで書いていて改めて思ったのは、私は夏芽には感情移入してこの作品を観られなかったなということです。最早登場人物の誰にも出来ませんでした。コウのような危うさもカリスマ性も、夏芽のような頑固さも美しさも、大友のような優しさも温かさも、カナのような闇も愛情も、私は持っていないものだったから。理解できないのでは無くて、でもそこにいる誰にも感情移入をすることは無かったです。それでも私は涙を流しながらこの映画に触れ、大きな衝撃を受け、大事な大事な宝物だと言えるほどにこの映画が大好きです。

 

如何してここまで自分の中でこの作品が大きな存在になっているのかはわからないけれど、ただわかっていることは、きっと私は大友くんに恋をする1人の女の子としてこの映画を観ていた、この世界に生きていたということです。誰の中で生きるでもなく、新たな「私」として大友くんに恋をしていた。山戸監督の手で私も「女の子」になれました。

 

周りに流されない強さにかっこいいなぁと惚れ惚れして、友達のままで良いなんて言った時にはもっと欲張りになっていいんだよと背中を押したくて、想いが通じた時にはおめでとうって涙声で伝えて、空元気で送り出した時にはよく頑張ったねって抱きしめてあげたくて。大友くんはいつだって優しい人です。気持ちを伝えるときも、付き合おうってなるときも、夏芽を見送るときも。いつだって自分は味方でいるけど、それが重荷にならないように逃げ道を作ってあげられる人です。彼女の居場所を作ってあげるのに、そこに居ることを強制しない人です。 そんな風に大切な人にとっての1番いい道を考えて選択肢を与えてあげる大友くんを、私はずっと追い続け、エールを送っていました。

 

最後のシーン 、きっと大友くんは何も知らずにその先を生きていくんだろうなと思わせる演出で、私は正直ホッとしました。大友くんにはもっと普通に生きていてほしい。光とも闇ともいわない世界で良いから、大友くん自身が陽だまりのような人だから、何も知らないまま生きていってほしい。もうこれ以上苦しい想いをしないで生きていって欲しいと、貴方に恋をする1人の女の子として、願っています。貴方は紛れもなく私の、みんなの、あの世界のなかでの、たった1つの陽だまりでした。

 

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自分の目で確かめるまで、「大友はただの重岡くんだった」という声に何処か嫌な気持ちがしていました。そんな言い方はまるで重岡大毅重岡大毅のまま映画に臨んだみたいに聞こえてきて、何だか失礼なんじゃないかなって。この目で映画を観ることが出来た時、やはり大友くんは重岡くんそのままなんかじゃないと感じたし、きっと「自然体で」の言葉に苦しみながら大友勝利を演じてくれたのだろうなと思いました。ただ、観てくれた人に「重岡大毅そのものだった」と思わせるほどに大友くんの陽だまりのような優しさは重岡くんにマッチしていた、ということなのかな。そう思ってもらえるほどに自然な演技だったのならきっとそれ以上に嬉しいことはないよねと、今なら言えるかもしれません。

 

 

こんなにも感情を揺さぶられて、恋心を抱いて、女の子になれる映画は溺れるナイフが初めてでした。観ていてこんなにも心が苦しくなって、涙を流すほどに愛しいと思えたのは大友くんが初めてでした。こんなに素敵な作品に重岡くんが出演してくれたこと、とても誇りに思います。

 

ポレポレ東中野での上映後、山戸監督へのお手紙をお渡しした際に少しお時間を頂けたのでお話しさせて頂きました。伝えたいことのうち何%伝えられたのかもわからないし、緊張と嬉しさで言葉が出る前に涙になって流れてしまったけれど、「重岡くんを見つけてくれてありがとうございました。」のそのたった一言を伝えることが出来て本当に良かった。それに対する「こちらこそ重岡くんを生んでくれてありがとうございました。」「私だけじゃなくてたくさんの人に見つかりましたね、重岡くん。」という山戸監督からのお言葉が涙が出るほど嬉しくて、勝手に救われたような気持ちになり、そして重岡くんを選んだことを決して後悔していなくて、むしろこの映画を通して重岡くんが世界に見つかってくれればとさえ思ってくれていると、そう感じて。ああ何て素敵な監督さんに撮っていただけたんだろうと、幸せだなぁと、どこか他人事のように思って。

 

気付けばこの作品を取り巻く全ての存在のファンになり、宝物になっていました。これからもきっと大切で、観るたびに女の子になります。この映画を通して得た感情も、出逢いも、ずっとずっと自分の中で大切にしていきたいものとなりました。私がこの映画に出逢えたのは紛れもなく大好きな重岡くんのおかげです。重岡くん、ありがとう。またいつか素敵な演技をみせて欲しいです。頑張ろうね。

 

 

溺れるナイフが、1人でも多くの方の手に渡り、目に届き、耳に響き、心に刺さる作品になりますように。これからもずっと、愛し続けます。